1853年から1858年幕末

幕末の人物や幕末の歴史上のできごとを紹介。

鎖国の終焉

1854年の日米和親条約締結により、いわゆる「鎖国」は終焉したと言われています。

アメリカとしては、日本で食料や水を補給するために、この条約を結んだと言われています。たしかに、当時の食料事情では、脚気などに悩まされていたため、食料や水の補給は重要だったと言えますね。


それによって、日本の鎖国は終焉し、文明開化に向かっていくわけです。

歴史上のできごとなので、いろいろな評価もありますが、文明開化に向かった点から、この条約を積極的に評価する人も少なくないようです。

鎖国と海禁政策

鎖国というと日本だけの話のようですが、歴史上、「海禁政策」という名前で、同時期の東南アジアでも見られた政策だと言われています。近年では、「鎖国」よりも「海禁」という呼称を使うべきだという主張も少なくないようですね。

ちなみに、海禁として有名なのは中国の明朝や清朝の貿易制限政策ではないでしょうか。

言うまでもないことですが、鎖国と言いましても、海外から孤立していたわけではなく、他国との交流を幕府が管理するという政策にすぎないわけです。実際、日本でも、出島を想像してもらえればわかるように、完全に外国と交流がなくなったわけではないかったですし。

ペリーとは

幕末について、ペリーの来航から話をはじめる教科書や本も多いですよね。簡単にではありますが、ペリーについて見てみようと思います。幕末をスタートさせた人物と言えないこともないですね。

●M.C.Perry(1794から1858)

1853年に浦賀に来航して開国を請求する。日米親和条約の締結に成功している。



1890年頃の浦賀
1890年頃の浦賀